病院のユリイカ2

【メルマガと酸素】

 入院前のことは朦朧としていて、よく覚えていない。記憶がひどく飛んでいる。
年末にはすでに体調はかなり崩れていたが、入院したのは1月の17日。記憶が完全に飛んでいるわけではないが、その間にいったい自分は何を考えていたのか、あまり筋道だって思い出すことができない。
 いや、いつだって筋道なんか立っていないのかもしれないが……。
 もともと私は記憶力のいいほうではないが、それ以上にこのときは脳に酸素が不足していたと思う。
 原因は無呼吸症である。数年前、友人と徹夜麻雀をして、5人いたので交替で眠ったときに、無呼吸を指摘された。「長いときは、1分近く息が止まっていたぞ」と言われて、一分は長いと半信半疑だったことがある。
 だから、無呼吸症はいまに始まったことではない。しかし、去年のいつ頃からか、睡眠の質がさらに下がり始めた。鼻が悪いので、喉に痰がつまり、2.3時間ごとに咳き込んで目がさめる。深く眠れないので、眠ることが少しも快適でなく、いつまでもテレビを見ていた。ますます睡眠時間は減った。
 そういう具合だから、昼間に唐突に強烈な眠気が襲ってくる。慢性的に眠いというより、突然睡魔にわしづかみにされて、ずるずると引きずり込まれるような下降感とともに意識を失ってしまう。
 これは精神力でどうにかできるという程度のものではない。抗いがたい力だ。人と会話をしていればまだいいが、会話がなくなると、そばに人がいようがお構いなしに眠ってしまう。
 突然ズドンと眠りに落ちてしまう。そういう激しいものだから、命が惜しければ、重度の無呼吸症の人が運転するクルマにだけは乗らないほうがいい。
 
 私は週刊でメルマガを出していたが、数か月前から、論理にやや粘り気がなくなってきた。幸い読者からの指摘はなかったが、自分ではそのことを感じていた。論旨をじっくりと頭の中で練る時間が短くなっていたのだ。
 入院前一ヶ月ほどになると、次第にいちどきに書ける原稿が短くなってきた。
 数行書くうちにいつのにか眠ってしまう。それがさらに、パソコンに向かって1行も書かないうちに眠ってしまうようになった。
 握ったままのマウスがずるっとデスクから落ちたこと数知れず。突然ガツンとキーボードに顔面から激突して、眼鏡のレンズが外れたときはやばいと思った。
 加速度的にカタストロフィは来た。ついに1行も原稿を書けなくなった。
 書くという行為が、大量の酸素を消費するという証明であるかもしれない。
 書こうという内面のスイッチを入れるだけで、私はほとんど同時に意識を失うようになった。