病院のユリイカ/番外【オキシフル】

再縫合とかはなかった。傷口に糸が残って炎症を起こしているという。それがカラオケとあいまってかすかに傷口を開いた原因らしい。
(といっても読者にはなぜ喉に切り口があるのか説明していないと思うが……本編を僕が書き続ければいずれわかるであろう。いつのことやら)
耳鼻科の責任者の医師も出てきてのぞき込み、セッシ(ピンセットのことを最近こう呼ぶのか?)をクイクイと傷口に突っ込んで、「ほら、ここに糸あるわ」「でも、奥すぎて抜けませんねえ」とSという担当医と話しながら、痛い痛い処置をする。痛いといっても、痛がりの私が声を出さずに耐えられる程度ではある。
「ま、焼くんだな」「いつも焼いています」
「焼く」というのは、薬品で「焼く」のである。ということは、炎症を酸化させる、ということだろうか。最初聞いたときには、その語感にひぇぇ、と思ったが医師に説明を求めることはしなかった。「焼かれる」とけっこう沁みる。
子どもの頃に転ぶとオキシフルという液体を消毒のために塗られたことを思い出す。あれもジンジンと沁みたが、これで消毒されているんだ、という安心感もあった。オキシフルと赤チンというのは、子どものいる家庭には常備されていたものだが、今は赤チンもオキシフルも姿を消したなあ。

結局、しばらく毎日通うこととなった。「それとも、5日ほど入院しますか? 抗生物質を点滴すればすぐ治りますよ」「ま、毎日通います(この程度で入院なんて冗談でしょ)」
新しい抗生物質を処方された。以前から出ているクラリスと重ねて飲めということだ。
「この炎症はほうっておくと深刻なことになるのですか?」「まあ、だんだん悪化すると口がどんどん開いてきて、縫い直しになりますね」(ひぇぇ)
「縫い直し」という言葉に私の心はぴくぴくと震えた。しかし、Sの言葉には微妙な脅迫や誇張が含まれていることがある。私を従順な患者として調教しようとしているのだ。「縫い直し」の危険を正確に評価することは難しい、と私は思った。